自然は最適解

自然は最適解

自然は常に最適な解を示してくれる。

【野菜栽培】小さな野菜も積もれば山となる。それで十分に生かされている!

僅かでも自給率を上げるために、プランターで野菜栽培をしていますが、上手く育てることができません。

無農薬で、氣が向いた時に有機肥料をやる程度で、当然、化学肥料は使いません。

プランター栽培

大きく育ってもこの程度の物しか作れませんが、スーパーの野菜より味がしっかりしているように感じます

また、芽が出てから小さいながらも出来たときの喜び、そして、それを食べれる喜びも得られます。

2段目左側のかつお菜のように、葉物はそこそこ大きく育てることが出来ますが、極たまにです。

人参(左)、大根(右)
かつお菜(左)、つるむさの葉(右)

ブロッコリーは葉がある程度大きくなった後、実を全然つけずに冬を迎えたために放置をしていたら、越冬後の春に実をつけ始めました。

大きくなることを期待していたのですが、握り拳ほどの大きさで花が咲き始めたため切り取り、2日4食分の味噌汁の具として食べさしてもらいました。ありがたや。

越冬してから実をつけたブロッコリー

ムクドリが葉をついばんでいたのを愛おしく見守っていたら、数日の間に丸裸にされてしまい(笑)ましたが、葉がなかったにも関わらず残った脇芽は大きくなりました。

ムクドリに葉を食べられる(左)。その後に育った脇芽(右)

日々の食事

基本的に、一汁一菜に漬物の食事を昼、夕の2回の食事です。

農家さんから購入させていただいた野菜とプランター栽培の野菜や人参や大根などに付いている葉を味噌汁の具材にするのですが、右の写真ように多少、色の悪いのも使います。

いろいろな野菜(主に葉物)

「塵も積もれば山となる」となるで、いろいろな野菜を少しずつ入れていくと、いつの間にか量が増えています。

味が悪かったり、筋張っていたりして食べられなければ(特に自家栽培がそう)、口から出すだけです。

一年中、同じ様な食事

朝か前日の夕食後に、昼、夕の2回分の味噌汁を用意するため、一日の食事内容は同じになります。

農家さんからは一週間に一回購入させていただいていているので、一週間でも同じ内容になります。

面倒くさがりで料理にこだわりがあまりないため、ほぼ一年中、同じ様な食事内容に落ち着きました。ほとんどの人は我慢できないのでは?と思います。

しかし、時間を氣にせず「腹減った~」と思った時に食事をするので、満たされるだけで十分嬉しくなり、「食べさせてもらえているだけ、ありがたい」と思えるようになりました。

日々、節した状態でいて「当たり前」のレベルが低いからこそ、たまの外食など普段と違う料理をいただいた時に、当たり前との差が大きくなり、より喜びが増すわけです。

食いすぎれば腹も痛くなる通りじゃな。
節するから喜び続くのぞ。
幸みな分け合えるのぞ。(P84)

出典:大日月地神示「十五」2016年01月10日(P84)

現在は飽食の時代で、簡単に食べ物にありつけるため、空腹をあまり感じていないと思います。

お腹が「ぐぅ~」と鳴るのを、聞いていますか?最近では、いつ聞きましたか?

このようなシンプルな食事ですが十分に健康に生きていけるわけで、粗食だからこそ健康であるとも言えます。

兎に角、「生かされている」ことに感謝、感謝、大感謝!

我々の飽食が飢餓の一因

支配者層による明治維新が成功した後、長い年月をかけて「日本人の愚民化政策」が行われたことで、エゴまみれの日本人が多くなってしまいました。

食欲というエゴを満たすために、自給ではなく諸外国から多くの食品を輸入しています。

その地域の人々から生きるための食料(太陽の光、水、酸素、土の栄養などのエネルギー)を、お金で奪い取っているわけです。

このような行為が、飢餓の一因になっています。

意識していない人も多いでしょうが、現実はそうなのです。

因果の仕組み、いずれ己に返って来るから、何選ぶか、大切ごとでありますぞ。
思いの選び方、言葉の選び方、行いの選び方、すべて日々問われておりますのじゃ。
思い込みや取り違い、恐ろしいぞ。
善と思い込み、悪魔の僕と化しておりますぞ。
分からぬと申せ、罪同じであるのじゃ。
問われる時、必ず来るのじゃから、見極めよ。
一言詫びて済むものでないのぞ。(P140)

出典:大日月地神示「二十四」2016年02月22日(P139)

食欲というエゴを減らすのかどうか?

輸入品やそれらを多く使った市販品(特に大手)を購入し続けるのか?
それとも、地産地消や自給にするのか?

「自由意志の尊重」という宇宙の法則に、一人ひとりが委ねられています。

飢えの苦しみを理解するために、飢えに苦しむ来世を送るかもしれませんよ。

ほんの少しでも行動を変えるだけで世の中は変わりますので、一人でも多く人が行動を変えることを願っています。

読んでいただきありがとうございます。ご縁に感謝いたします。

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