昔の人がどのように木綿や布製品を作っていたのか興味があり、体験もしたいと思っていました。
市(マルシェ)で、はた織りや 綿紡ぎ が体験できるブースが出店するので、絶好の機会ですから行ってきました。
「いつ死ぬかは、神のみぞ知る」ですから、出来る内に体験(御靈に刻まれる)です。
はた織り
縦横約10㎝ほどのコースターを作ります。
ブースの方が はた織り できる様に、縦糸を引っ張って手前の棒に結んで、最初の横糸を通して、準備をして下さいした。
横糸は、自分の好きな糸を2、3本選びます。
扇形の4束の縦糸に見えますが、下にも同じ縦糸があり、合計54本もあります。
写真の上部の糸が通っている簾の様に見えている部分は金属製の長い針で、この針に一本ずつ計54本の糸を通さなければなりません。
ですので、縦糸を設定するのが面倒との事。うん、うん、分かる、分かりますぞ。
裁縫で糸一本通すのに四苦八苦している私には、苦行としか思えませんからな。
縦糸の上下の隙間に横糸を反対側に通します。
横糸がたるまないように引っ張るのですが、引っ張り過ぎると縦糸を横に引っ張ってしまうので注意です。
次に足元の上に上がっているペダルを踏むと、縦糸の上下が入れ替えり、横糸を「抑え込み一本!」状態にします。
そうしたら、くし(写真の「SAORI」の棒)を2回ほど手前に引き寄せて、横糸を密着させます。
これで一回の作業が終了し、あとは
①横糸を反対に通す→②ペダルを踏む→③くしをトントン
を繰り返していきます。
途中で横糸がなくなったので、別の糸で織りました。
ただ糸を変えるだけで柄を変えることができるので、手間を惜しまなければ色々な柄が出来ます。
慣れるまではぎこちないですが、完成まで15分から20分くらいかかりました。
後は、スタッフの方に縦糸を切ってもらい、自分で縦糸の部分を結んで完成です。
綿繰り
初めて綿花を見て、触りました。
人生のほとんどを自然から離れて生きてきたかを証明しています。
指に乗っているのが種で、種の周りに綿毛がびっしりと覆っている状態で、ここから綿毛だけを取り出す必要があります。
手で取るには非常に手間が掛かるようで、楽に行うには綿繰り機を使用します。
綿花を入れてハンドルを回し、空いている箇所に綿花を入れてハンドルを回すを繰り返して、種と綿毛を分けます。
綿紡ぎ
綿繰りが済んだ綿毛を糸につむいでいくのが、糸車です。
綿毛を少しよって糸車の赤丸の箇所に巻きつけます。
その後は、右手で糸車のハンドルをゆっくりと回しながら、左手に持った綿毛を少しずつ引っ張りながら、よりをかけながら糸状にしていきます。
言葉で書くと簡単ですが、細い均一の太さの糸状にするのが非常に難しく、当たり前ですが初心者では上手くは出来ません。
ある程度の長さになったら、今度は左手を赤丸のそばで上の方に持ち上げて引っ張りながら、ハンドルを逆回転させてよった糸を丸印に巻きつけます。
このように糸にしていきますが、常にたるませないように引っ張り続ける必要があります。
次のような一本の棒の簡易版糸車でも糸紡ぎも出来るようです。
弥生時代には、このような物が考え出されていたらしく、凄いですね。
苦労したからこそ、物を大事にした
自分たちで多くを自給自足していた時代の人々は、その苦労を体験しているからこそ、物を大切にして長く使用できるように工夫もしてきました。
しかし、現代ではお金で購入するだけで、製品が出来るまでの過程および苦労を他の人に丸投げしています。
そのため無知であり、まして経験などすることもないので、値段の安い・高いだけのお金という数字を追うだけになり、出来るだけ安く購入する事を考えます。
そして、安く購入できればできるほど物を大切にしなくなり、安易に廃棄、購入を繰り返して大量消費を続けている人がほとんどです。
そのため、母体である地球が瀕死状態なのです。
今回、このような貴重な体験をすることができたことで、昔の人の凄さと苦労の一端ですが、より理解する事が出来ました。
やはり、昔のように大量生産・大量消費の生活には戻る氣もありませんし、戻れません。
「知っている事(情報)」は二次元であり、「体験した事」は三次元で全然違うものです。
ネットで情報を得ても、それは単なる知識であり、頭でっかちの知った氣になるだけです。
このような昔の生活を体験できる機会がありましたら、是非とも貴重な機会を活かして下さい。
今回、このような貴重な体験をさせていただいた方々に感謝いたします。
ありがとうございました。
読んでいただきありがとうございます。ご縁に感謝いたします。