環境意識が高まる前は、経済的理由から安い食品を購入していました。
そうすると必然的に外国産の食品が多くなります。
環境意識が高まった事で「遥か遠い異国の地から、莫大な資源を使い食品等を輸入するのはおかしい」と遅まきながら氣付きました。
また、「その場所に”(出来)ない物”は必要ないからである」という「自然は最適解」という考えから、輸入食品、季節外れの食品は「贅沢品」である、ということにも氣付きました。
そこで、これ以上の環境破壊に加担するわけにはいきませんので、数年前から外国産および季節外れの食品を購入するのを止めました。
実行に移す前は「食べる物が少なくなるな」「我慢が出来るかな?」など、不安は少しありました。
しかし、やり始めてみたらそんな思いを抱くことなく順調に対応でき、杞憂に終わりました。
外国産が安いカラクリ
例えば、オクラはフィリピン産がありますね。
自分のベランダでも栽培できる物を、資源を消費してわざわざ輸入しています。
しかも、海を隔てた海外から持ってきているにも関わらず、隣町のオクラよりも安いんですよ。
おかしいと思いませんか。
私は情けない事に、長年おかしいと氣付きませんでした。
当然、カラクリがあるわけです。
国境線を超える燃料には税金がかからない。
コストの中で大きな比重を占めますから、日本国内で作ったものを燃料代と税金を払って運ぶより、人件費の安い中国で作らせて、税金のかからない燃料で東京に運んだ方が安くなってしまうんです。
その結果、中国で作られたものを輸入した方が儲かる仕組みになってしまいました。
(略)東京-福岡間の往復(約7万)より、成田-カリフォルニア間の往復(約3万)。
地球半分も回る方が安いのはおかしい。
飛行機の国際航路に国内と同じように税金をかけてしまったら、その日のうちに経済のグローバリゼーションはなくなってしまいます。
これは税金が作ったトリック出典:地宝論 (田中 優)(11年06月)
季節外れの食品も環境に悪い
季節外れの食品も、「輸入と同様に莫大な資源を消費している」という事です。
それは、「偽の季節を作るため、資源を使ってハウスなどで栽培している」からです。
例えば、トマトは夏の植物であるのに、ほぼ一年中買えます。
夏に出来るには出来る意味があり、冬に出来ないのは出来ない意味(=最適解)があるのです。
それを一年中食べられるようにしているのは、食欲という我欲を満たすためだけです。
しかし、季節外れの物は不自然な物です。
不自然な物を体に入れて、本当に健康に良いのでしょうか?疑問に思います。
これらの生産に拍車をかけているのが、テレビなどのマスメディアです。
「この成分が体に良い」などと言われると、翌日にはスーパーの棚から食品(納豆、バナナなど)が無くなっている事が、どれ程あったでしょうか?
テレビ等で言われる事は、全て本当なのでしょうか?
御用学者という言葉はご存知ですか?
マスメディアに踊らされる事なく、自然の流れに沿って生きていけば上手く行くようにできています。
そうすれば、自然破壊も少なくなります。
自給できない民は滅びる
安い食料品を購入することにより、食料自給率が下がってきて摂取カロリーでは37%しかなく、先進国で最低水準(令和2年度)です。
出典:食品ロス及びリサイクルをめぐる情勢(令和3年12月時点版)
生きていくためには食べる必要があり、その食べ物を外部に依存している事は生命を他人に委ねている事になります。
つまり、外部に支配されやすい事を意味します。
出来れば少しずつでも自分で作るようにし、購入する場合は「地産地消」をしましょう。
そうして外部依存を減らせば、環境破壊も減らせます。
読んでいただきありがとうございます。ご縁に感謝いたします。